日本から約11時間を経て、ドバイ国際空港へ到着。現地時刻は4時過ぎ。ここから5時間の乗り換え待ちとなる。相当広い空港で、ワンウェイに作られた構内はスーパーマリオ64の世界のよう。
ハイネケンは1パイント50AED。1AEDは大凡40円とのことで…2000円とな。相当物価の高い国のようだ。飛行機でパンやキットカットを貰って来ておいてよかった。
飛行機内で書き続けていた関西ツアーのブログを纏めて一気にアップしていく。幸い電源と wifi も良好で不便なし。流石に疲れてもいるのかベンチで少々仮眠。
というわけで待ち時間も特段持て余すことなく、関西ツアーも無事に完結させて乗り継ぎ便のターミナルまで構内のトラムで移動。キューブリック的なデザインがよい。
現地時刻9時過ぎに搭乗へ。東京からの便とは違いほぼ満席。経験上、機内サービスは混み具合(忙しさ)に比例するため、ここからの7時間はあまり期待しない方がよさそうだ。
予想は大まかに当たり、バタバタしている機内で朝食のサンドウィッチが渡された。正直微妙なお味!1人大声で叫び続けながらうろうろしている子がいて、親は後ろをついて行くだけ。遂に拾ったかと思えばレベル違いのギャン泣き→また歩かせるの繰り返し…。統計でしかないのですが、中東の方々って小児に対して放任過ぎやしませんか。子どもだから仕方がないと切り分けられない自身の懐の狭さを認めつつ。自由な発想には必要な過程なのかもしれない。
さて、宿題にしておいたCDの組み立て作業。狭いけどなんとかなる。のちにクルーの1人から「あのアートワークは自分で描いたの?」と質問された。Brick Lane に尋ねてみておくれ。1枚差し上げればよかった。
SPARKS の映画があったため、字幕もなんもないけどトライ。やはり何を言っているか聞き取れないのだけど、バンドのドキュメンタリーであり音楽用語が中心になっているのでなんとか理解できた。そういう観点でいけば英語での映画も攻略できるのかもしれない。
ランチはこんな感じ。最初にカレーがない状態でプレートを渡されたので、いよいよ気でも違ったのかと誤解してしまっていた。おかわりも成功。
ジントニックを片手にスーパーダイナマイトハウスもガンガン作る。
流石に集中力も切れてきて、後半は仮眠のような退屈を過ごす。乗り継ぎ便の後半、疲れも限界で厳しい戦いの時間だ。それでも、徐々に目的地に近付いていくマップに併せて気持ちも沸々と高まっていく。
見えてきた。過ごしやすいであろう座席を選んだ結果、窓からは程遠く、モニター越しにしか街並みが見れなかったのが悔やまれる。耳元ではCODAが鳴り響き、イングランドの大地が映し出されている。
総搭乗時間約19時間、日本から丸1日を掛けて、現地時刻の14時にロンドンはヒースロー空港へ到着。9割以上の人がマスクをせず(自分の意思で選択している)、人の表情が、見える、笑っている。隣に座った人と雑談ができる。他人を他人として認識している…!人が人として当たり前に生きている。降りると同時に目の前に広がったロンドンらしい空を見上げて任務完了。残りの1ヶ月は余生です。
入国審査は前回に引き続き自動なのでスムーズ。国によって管理されており、日本パスポートは UK Boader と同じ扱いを受けられる。荷物の受け取りに時間が掛かったものの(受け取り口に変更があったのを教えてくれたのも見知らぬマダムだった)、無事に引き取り、税関も…問題なし。
この安堵は正式な Visa が手に入るまで続くのだろう…。鈍った身体でスーツケースを押して地下道へ。複数持ってる Oyster Card から残金があるものを使って駅まで向かえば、いよいよ我がロンドンである。
空港から地上へ出た瞬間の空を見るのが一番好きだ。お出迎えのような快晴。
ルーツであり故郷の ACTON TOWN a.k.a. 初めて来たときに泊まった土地。儀式的に行くパブも今日は見送り。
乗り換えでまさかの Brixton へ。この街はいつまでも Brixton なんだな。David Bowie も元気そう。
Tulse Hill を検索して乗ったバスが向かったのは駅ではなく “Tulse Hill” という何かのお店だった。紛らわしい!紆余曲折している最中の一コマ。何処を切り取っても最高だな…。
というわけで駅まで到着して Teresa と再会。長かった。実に。旅の前半にお世話になる Tulse Hill へは、去年の9月から引っ越して来たとのこと。
同居人は夕方に戻ってくるそうで、まずは壁に掛かっていた Sabbath Bloody Sabbath を聴こう。捨て値で売っていたものらしいが、しっかりUKオリジナル盤。
リッチフォーエバーを経験したものだけが持てるラインナップ。
DREAMS HAS COME.
パスタを作ってもらうと流石に眠気がやってきた。
…何やら騒がしい。おお、いつの間にか寝落ちをしていたようだ。
喧騒の主、Javi とも無事に再会。お土産で持ってきた海苔巻きとスティックキーホルダーを間違えて食べようとしているところ。
ロンドンの夏は20時を過ぎているというのにまだまだ明るい。今日は友達のライヴが近くのパブであるということで同行する。バス停へ向かうと…何故だ、新品のフェイスシールドが…こんなジャパンライクなアイテムとこんなところで出会うのかい。
早速大喜びで装着する Javi さま。その姿でオフライセンスに向かい “COVID is back” と店員さんの笑いを誘う姿に今年分の笑いを捧げたような気がする。
ダブルデッカーに乗って Camberwell へ。あれ、見たことあるバス停名だな…と思ったらビンゴ、行きつけの1つ、”Rat Records” のある場所でした。その向かいの “The Old Dispensary” に無事到着。
パブだ。人だ。初めましての友人とジェンガをしながら談笑。適度にセッティングも始まり、今日これから演奏する “Howling Fiends” のメンバーと話しながらいざライヴが始まったらこれ。
HOWLING FIENDS in The Old Dispensary. 08/06 #STDRUK2022 pic.twitter.com/iQgsavknKW
— #STDRUMS ユージ・レルレ・カワグチ (@rerure666) June 11, 2022
キャラクター・癖・インパクト。これがロックンロールだ。その上で演奏の基礎、特にドラムのスウィング感が素晴らしい。「人気が出る」ことが、いかにチャンスと運に依っているのかがわかる。上手いのが当然ゆえに、小手先の判断はされず、どんなバンドでも盛り上がる。だから難しい。
次のSpike 率いるバンドはガレージ系で、Gt/Vo, Dr, そしてキーボードが無いという理由で怪しくシェーカーを振るメンバーの3人。でもやっぱりドラムが凄い。ヨーロピアンのロックにブルースが強く根底にあるのだと感じたのは、ジョンボーナムにも通づるライドシンバルの扱い方にあった。
日本に於いても「ライヴが出来る状況」は回復してきてはいるが「日常」が戻って来ているわけでは全くない。未だに9割以上が顔の半分と共に感情を隠し、ライヴハウスに於いてはマスク必須・声出し禁止。だが何故かステージ上では大声で叫んでいいミステリアスなルールが課せられている。これがあなたの知っている「日常」なのであれば、この2年少しで随分と洗脳されてしまったことに気づいた方がいい。
何度と繰り返しているが「マスクをすること」は個人の自由なので構わない。ロンドン市内でも1割くらいは見受けるし、ああ、気にしている人なんだな。と思う。ご存知の通り、フェイスシールドもギャグアイテムとして大活躍だ。
誰しもが望んでいないことだし、ウマくやるための回避策なのは理解できる。しかし理由もなく、責任や体裁のためにやっているならば、それは「大人の余裕」でもなんでもない。いつまでコントロールされてるんだい、マジで。
ましてや「ロック」や「自由」が根底にあるカルチャーにいる人々が、未だにマスクをして撮った写真をアップロードしている状況は絶望的である。発信できる立場の人たちから変えていこうとしなきゃいけないんだよ。空港からパブまでの道のり。音楽・エンタメの扱われ方がここまで違うことに文字通りカルチャーショックを受け、もはやエネルギーとして、一種の怒りすら感じてしまった。最高の夜でした。このハコで演奏できるのが今回の目的と夢である。
こうして強靭な刺激と幸福に満ち溢れた2022年ロンドン初日。本当に幸せだ。モチベーションも確かに帰宅。今夜だけはもう1杯と、GUINNESSを開栓する副音へ耳を傾けるのであった。
それでは、続きはwebで。チーン。
season1-13
【だって(だって)編】
盟友とのラジオが始まりました。毎週月曜日朝7時更新。