日本とロンドンを繋ぐソロドラマー “#STDRUMS” 愛と友情のライヴ・ロードムービー。
2022年6月29日。
あれは3年振りのロンドンツアー。バスキングをしながら充実した日々を過ごしている最中に決まったライヴだった。
The Old Dispensary はイギリス到着初日に連れて行ってもらった会場。タイトなドラム、腰のあるベース、つん裂くギター…出演していた “HOWLING FIENDS” の演奏に痺れた私は、この場所で演奏することが今季ツアーの目標となった、その矢先。仲間がブッキングマネージャーと繋がっており、青写真はすぐさま現実へと変容していくのである。
共演には Javi 率いる ZURITO が決定。呼鳴手氏にアートワークをお願いしてフライヤーを作製し、路上ライヴで配布。本番に向けて連日スタジオでのリハーサルを繰り返し、会場付近のマクドナルドにて入り時間ギリギリまで詰め込んだ編曲を抱いてのライヴ当日。旅のハイライトとなったのは言うまでもない。
Javi はこの日映像撮影スタッフを呼んでいた。私の期待を汲み取ってくれたのか、遥かロンドン市街の小さなパブでの演奏を思い出にしてくれようとしたのか。「プロモーションはミュージシャン自身がやるべきことではない」数年前までこんなことを言っていたやつが、今では有償でも “FOOTGAE” に可能性を見出している。
ZURITO のパフォーマンスが終わり、いよいよ本番。衣装のマスクを被ろうとするや否や、ファスナーが破損。こうしてストリート以外のライヴでは初の、素顔での演奏となった。ケンドー・カシンが石澤常光になる瞬間はこういった気持ちなのだろうか。視界がある世界の素晴らしさに5年間掛けて気付いたドラマーは「店の音止め時間」まで叩き尽くし、この日を盛況に終えた。
数ヶ月後、#STDRUMS の元に映像スタッフの PHOENIX から一通の動画が届いた。再生すると映像の一部が途切れ途切れとなっており、後半2曲はデータそのものが丸ごとない。当日の撮影中に機材トラブルが生じてしまっていたそうだ。「ギャラの半額を返したい」と申し出を受けたため、Javi へのギャラとして渡しておいてほしいと返答した。
この映像。どうにかして生かす方法はないだろうか。…アーティスト名がハッシュタグである意味を本人自らが思い出し、当日の動画を持っていないかとインターネット上で募集を掛けた。すると投稿を見た ZURITO のメンバーや、偶然飲みに来ていたお客さんらが幾つかのデータを送ってくれた。
こうして集まった素材を並べてみると、ちょうどまさに。映像本編が切れてしまったタイミングから、演奏が止まる最後までが、見事なまでに繋がったのである…。
…2019年。世界は停滞を余儀なくされた。3年振りにヒースロー空港を降りた先に待ち受けていた光景は『人が人として当然の生活をしている姿』だった。殆どの人がマスクをしていない、人々がお互いの価値観を尊重しあって生活している。”HOWLING FIENDS” のライヴに感動したのはパフォーマンスだけではなく、会場に在った『日常』が大きく後押しをしている。
日本とまるで違う現状に改めてカルチャーショックを受けた #STDRUMS は、スマートフォンを片手に様々な瞬間を撮影し始めていた。ただ趣味の記録として残していたものだったが、次第に「ハッシュタグを付けて発信してくれ」と訴える自身の活動方針へとリンクしていくのを感じていた。
ロンドンの町並みや人々の姿、ハッシュタグで集めたストリートライヴの映像は、千切れてしまっている動画本編を補うには充分過ぎる量だった。いざ編集された本作を再生すると、日々の記録はロードムービーとしての役割を担う重要な素材となっていたのである。
待ち焦がれた英国。
栄光はロンドンでのライヴ。
仲間たちとの再会。
ストリートでの葛藤。
新たなる無数の出会い。
見知らぬ土地での見知らぬ家。
立ちはだかる言語の壁。
修練の日々。
トラブルに継ぐトラブル。
割れんばかりに揺れるフロア。
ステージライトの走馬灯。
鳴り止まぬ愛と喝采。
音楽の力。