振り返れば昨年末【RICH FOREVER TRADITION 2021】渋谷RUBY ROOM のフロアにはキラキラと輝く姿があった。横井翔二郎が連れて来てくれたというその真っ直ぐな男とは一瞬にして深い階層の話しとなり、数日後にはより具体的な内容を分かち合うこととなった。新たなる扉が開く音は、7月末の赤坂へと繋がっていたのである。
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インスピレーションに満ち溢れたロンドンから帰国し、1週間の隔離期間に入る。強制的に導入させられるアプリケーションから毎日 AI による自宅隔離の確認連絡が来るとのこと。果たしてどのようなやり取りになるのかが気になるまま1日が過ぎた。
日本国を味わうべく刺身&焼き鳥の居酒屋レルレ定番コースを踏む。醤油・鮮魚・味噌が手軽に手に入る有り難みに包まれて2日目が過ぎた。3日目。やはりなにも通知がない。一体どういうことなのかとアプリケーションをいざ開いてみると1件の通知が来ていた。
???
というわけで一度も確認なく、真に形だけの隔離が完了。THIS IS JAPAN。無駄の美学がここに極まれている。
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さておき、凄まじい悪天候だった7月の2週目をお覚えだろうか。ロンドンとの著しい気温と湿度差に加えて時差ボケが重なり、帰国後数日間は不眠+頭痛と散々な不調コンディション。帯状疱疹は完治に向かっていたらしくホッと一息ついた翌日、蚊に足の裏を刺される始末。停滞するUKツアーの思い出…。
そう…全てはブログの更新が遅れに遅れた言い訳である。その釈明は熱帯夜に苦しむ1週間後から始まる仕事へと続く…。
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今回関われるイベントは『光輝く男』五十嵐雅さんが主催する “オドルンパッ!” の第四回公演「グルメ戦隊 クラックスW」。台本を手元に進めていくリーディングにヒーロー戦隊のアクションショーをミックスした『ボイスアクションショー』という試み。その演出を盟友・横井翔二郎が担当することとなった。
彼は真面目な男だ。真剣だからこそ「仲良しだから出演させる」という簡易な思考を避けていたのであろう。最終的に私の参加が決まったのはロンドン滞在も終わりに差し掛かった7月の頭。海を越えてスケジュールのやり取りを進行させながら、どういった楽器を使用していくかを構想し始める。
協議結果、通常は音響の方が担当するであろう『効果音とSEの音出し』も同時に担うこととなった。音を出す機材を持っていないため、HERE からサンプリングパッド SPD-SX をお借りする。新しい機材を迎え入れたため操作方法の勉強から始まり、音の取り込み作業を経て翔二郎とスタジオでテスト演奏。機能としては充分動いてくれそうだ。本番まであと一週間。
主要メンバーが揃い初めてのリハーサル。直管的にサウンドを操れるようになった一方で、手の本数が足らないため台本がめくれない。横に連ねた譜面台に左右を裁ち落とした台本を並べて、スライドして落としていく手法を取ることにした。オールドスクール最高。だがエアコンの風向き1つで生死が決まる。
親睦を深めながら雅さんと話していると、使用する効果音が明確に決定されていないことが判明した。ならばいっそ全てを任せて貰った方が明瞭なのではないだろうか。こうして使用するSE音源の加工・編集も担当。私のような人間に仕事が次々に増えていく喜び。それはタスクの背負い込みを意味している。
まず「ジャンプ」「キラキラ」といった、新しい共通言語の理解から始まり、想起するオノマトペの具現化を実際の演技のテンポ感に乗せていく。リバーブとディレイでの残響調整と音量感の統一。効果音を可視化させていく作業である。
さも難解そうに書き連ねているが、SPD-SX は非常に細かなセッティングも対応している上位機種だ。パソコンに繋げてファイルを当て込んでいけばよい。『テクノロジーとは努力の結晶であり、故に人は無能になっていく』とかなんとかボヤいてみせる…つもりであった。
ファイル転送に必要なアプリケーションをダウンロードした途端、なんとパソコン本体が起動しなくなってしまった。切迫するスケジュールのなかで、取り込みどころか音源編集すらできない7月24日・日曜日。わかる人にはわかる『陸王の呪い』とでもしておこう。
シンガポールに単身赴任しているパソコンの師(そして我が最初期の教え子)とビデオ通話で、プログラミング遠隔入力からパソコン再起動に漕ぎ着ける。しかし当該アプリケーションを再インストールするには気が重く、音を作っては1つ1つ機材へファイルをUSBメモリーで受け渡す作業となった。ノーモア・オールドスクール。
本番まで残すところ数日。全てのデータを『揃えた』リハーサルを迎えることができた。だが『揃えた』だけの音からは次々と改善点が見つかる。翔二郎と使う音の精査をしている隣では俳優の皆さんが自主的に稽古。雅さんは台本の印刷などの他業務。家に戻って音の調整。1週間前の怠惰は何処へ行ったやら。体力・気力・モチベーションの三角関係との付き合いを経て本番前日。
遂に私は “ユージ・LORD OF SPD・カワグチ” に改名。ソフトウェアのインストールを遂に成功させたのだ!呪いから解き放たれ、今までとは比較にならないスピードで作業が進んでいく。最終的にSEの数は40ほどとなり、9個のパッドに当て嵌めた音のセットをページの進行に従ってプログラムを組んでいく。
こうして紙一重の準備が揃った7月30日。家の機材を積み、スタジオのドラムをピックアップ。MANOWAR のライヴ盤で狂熱の渦へと巻き込まれた一同は赤坂 MARRYGRANT へ到着。
本当に結婚式場じゃないですか。
意外にハマる我がドラムセット。
本番に向けての段取りを振り返ってみたものの、いざ始まった2日間の記憶は曖昧。河内大和とのシェイクスピア公演で培ってきた感覚を、新たなる挑戦のステージで扱えることは演奏家としてとても誇らしい。似た顔をした9個のパッドを叩き分け・即興性と決まりごととの狭間で揺れ動くスタイルは直近のテーマである『演奏の解像度』とリンクしていた。
結婚式場である赤坂 MARRYGRANT は自然光が差し込み、場面転換に有効な『暗転』が使えないなど、照明での演出がほぼ効かないプリミティヴなステージでは演者の腕や性格が曝け出されて面白い。
長江崚行はキャリアと場数が物を言う流石の立ち振る舞い。瞬間瞬間をフレキシブルに捉えて進行をサポートしてくれた。大見拓土は本公演が求める「拓人」をいち早くキャッチし、双子の洋太も同様、目まぐるしい情報量から自身のキャラクターをこの短期間で具現化。ゆえに2人での「兄弟としての会話」は限りなく真実であり、兄弟でありながら兄弟を『演じてみせる』姿に心を打たれた。
ストーリーは『ヒーローショー』である。対象年齢として非常に明快でありながら、動きで魅せるアクションを声と音で補填していく。台本が手元にある分の余白を扱える『リーディング』であること・応援パートの存在など、発端とするアイディアが今後どう具体的な理由へと紐付き、いかにエンターテイメントとして実験と中身が伴っていくかが非常に楽しみとなる内容となった。
無事に開催となった本公演だが、厳密には全然「無事」ではない。まず役者が2人交代。その1人は演出家として外側に立つ必要がある横井翔二郎。与えられた仕事へ100%集中できない上に、100%以上の結果を出さなければならない立場となってしまった。奇しくも今村というキャラクターは翔二郎にもフィットし、貴紀さんの意思を継いで低音の効いた声を敢えて出していたそうだ。(余談ながら今回の衣装は翔二郎からお借りしました。)
そしてもう1人は村上喜紀。代役という形での出演は率直に喜ばしくはないが、個人的には非常に楽しみだった初共演。声帯と声質を巧みに操り、想像しうるアナウンサー然としたアナウンサーボイスを完璧に演出していた。POWERSLAVE で涙し、MANOWARRIOR として生涯の人道を決めた男は個人的MVPである。
こうした交代劇に加えて、健康体で症状がない人も検査で反応が出れば「感染」と判定される世情から、検査などの「待ち」が生まれてしまい、稽古スケジュールにも大きく影響した。客席では引き続きマスクが必須とされ、31日の昼公演から活発化された応援パートの終盤、発声が禁止されているということを本当に気付いていなかった。理屈ではなく体制として封じられており、声を集めて公演で流していた理由をこの瞬間に知った次第。
「コロナウイルス騒動」から既に3年。全ての手を打って、それでもダメなら仕方ない。だが『仕方がない』として、守っているものはなんだ。1人1人が自分の問題として意識しない以上は何も変わらず、最後は誰かが悔しい思いをしている。元気に「振る舞う」ことと、実際に心が元気な状態であるのとは全くの別物なのである。
同じ島国であるイギリスとのカルチャーショックから救ってくれたのは、終演後の五十嵐雅さんとの会話であった。人が「集まりたい」と思わせる魅力を持つ男。SPDを貸してくれたHERE(武田さん)、物販を置かせてくださったスタッフの皆さま、間に合わない準備をサポートしていくれた仲間たち、アフタートークでフォローしてくれた翔二郎。まずは感謝の気持ちを忘れてはいけないよな。沢山の発見をありがとう御座いました!そして、マジョリティーな制約が多いなか、ご来場いただいた皆さま、ありがとう御座いました。オドルンパッ!の旅は続く…。
それでは、続きはwebで。チーン。
season1-23
【出張レルレ亭編】
盟友とのラジオが始まりました。毎週月曜日朝7時更新。