とうとうこの日がやってきてしまった。
確かRobert Frippは音楽活動を引退したんじゃなかっただろうか。
Red以降、Disciplineからは別のバンドであるという
典型的プログレ老害論を振りかざす私であるが
12年振りの来日。
メンバーにはMel Collinsも復活しており、
最新ライヴ音源のLive at the Orpheumではislandsからの楽曲も披露。
「次の無さ」を考えなければならない世代交代への虚しさも心持ちながら
私にとって最重要バンドの活動を、この2015年に生で見るチャンスを逃すわけにはいけない。
日々聴き続けてきた音楽と対面できる瞬間が訪れたのだ。
会場は渋谷オーチャードホール。
BunkamuraホールはM.C. Escherの展覧会を観に来た以来だ。
破産を覚悟していた物販も無事に買うことができ、
共に集まった友人らと迷宮入り前に乾杯をする。
会場の入り口・フライヤー・そしてステージにも「録画・撮影NG」の注意が貼られている。
EARTHBOUNDでのブートレッグへの回答も納得の徹底っぷりだ。
(恐らく公演中止も平気でやりかねない御大への配慮であろう)
場内アナウンスで再度注意が促さられる。
シリアスな声で「ベースのトニーレヴィンがカメラを掲げたら撮影がOK」
という内容が告げられたときは意表を突かれ笑ってしまった。
その束の間、場内は暗転しメンバーが入場。
69年からの伝説が目の前に繰り広げられている。
荘厳ないで立ちに胸が締め付けられる思いだ。
islandsの最後に収録されている調弦SEが流れながら各々が音出しをする。
Mel Collinsが一吹きすると会場の空気がセピア色に染まった。
SEのカウント「1,2,3,2,2,3」が終わると静寂が訪れる。
ヴォーカルJakkoから紡ぎ出されたのは。-
"Peace - An End" であった。
「美しい」を超える表現方法を探したいのだが、私の知能では難しい。
Greg Lake, John Wettonを彷彿とさせる声質。
Jakkoが真似ているのか、Robertが見い出したのかは定かではないが、
その歌声に身体が異次元に到達する感覚を覚えた。
1曲目からアルバムの最後の曲・アカペラとギターで始まるライヴ。
終わりは始まりのサイン。始まりは終わりへの合図。
陽炎の如く短く儚い生命が終わりを告げると、聞き覚えのあるあの雑音…。
問題:「次に始まる曲はどれでしょう」
早押しボタンがあれば真っ先に解答してゴールデンハンマーを手に入れていたであろう。
正解は "21st Century Schizoid Man".
夢はこんなにも早く叶ってしまっていいのだろうか。
私のなかの私という私があのジャケットの顔のように悲鳴を上げる。
ここでトリプルドラムの意味を問われることになったのだが、
答えは深く頷いてのYESだ。CRIMSONであるが。
3人はお互いの役職を柔軟に変化させながら次々と隙間を埋めていく。
1人で叩けなくもないフレーズを敢えて分散させることで、
音価のコントロールを数段階別の視点からコントロールできる。
また分散させるからこそ、ユニゾンをしたときの音圧は爆撃のよう。
ダイナミクスもより深みがかかる。
ただでさえ複数の楽器を1人が操るのがドラマーであるのに、
3人のドラマーが「ドラム」をコントロールしているかのよう。
視覚としての面白さも抜群。
次々に繰り出されるインタープレイに視線がぶれる。
Mel Collinsのソロを終えるとGavin Harrisonにバトンがタッチされた。
席が上手側だからか、一番音が飛んで聴こえてくる。
3人のうちでは一番複雑なドラムを担当しているように思える。
圧巻のテクニックで会場を沸かし「あのユニゾン」を経てリフへ戻る。
全て、現実に起きていたことだった。嘘ではなかった!
恐らくこの曲をラストに持ってくることが多いのだろう。
曲のテンションが早くも最大値まで上がり、
この2曲でライヴが締め括られたかのようだった。
しかし巻物の封印は解かれたばかり。
続くもまさかのEpitaph. 私はconfusion. Knowledge is !!
終わるとトリプルドラムでのインタープレイが始まる。
配列は前線にドラム3台。高台となっている後ろに4人が控えている。
綿密なポリリズムで打楽器のみの楽曲を積み上げていく。
Tony Levinはメンバー内で最も落ち着いているという印象。
複数のベースを持ち替えながら器用に楽曲に寄り添っていく。
アップライトベースから通常のベースギターに戻ったとき、
何かが来る予感がした。
"One More Red Nightmare" 悪夢の再来である。
ライヴで体感すると、クリムゾンの楽曲は隙間・余裕が非常に多いことがわかる。
そのキャンバスにどれだけの音を配置して埋めるか。
テクニックとセンスが無ければ攻略ができない。つくづく恐ろしい集団だ。
Pat Mastelottoが手拍子サウンドをちゃんと電子パットで再現していたのが印象的。
Live at the Orpheumに収録されている "Banshee Legs Bell Hassle" を経て、
"The Letters" ...Jakkoが言葉を並べていく。
Impaled~のあとのギターの不協和音は最近のライヴ盤で気になっていたのだけれども、
ここでもなされていた。
ちょこちょこJakkoのギターに怪しい瞬間があったのだけれども、
あのRobert Frippがそのようなプレイヤーを選ぶとは考え難い。
となると意図的に…?
そんな考察をよそに、Bill Rieflinのみのドラムプレイで "Sailor's Tale" が始まる。
彼はステージの中心にいながら鍵盤(メロトロンサウンド)も担当していた。
中盤の曲で重ねシンバルを外して、別の曲でまた戻すという作業をしていたが
そのシンバルの一音一音までに拘っている綿密なプレイに脱帽。
落ち着きながらも揺れる味のあるビートを生み出している。
中盤ではRobert Frippのあのプレイが炸裂!
あの音を出すにはやはり肘から弾かないとならないようだ。
その後のガツンと音量が上がるパートでは
予想通り3人のドラムユニゾンで曲の肝を表現していた。
ダイナミクスも複合的にコントロールしていく緻密さである。
このバンドは休みを許してはくれないのだろうか。
続くは "Easy Money".
この曲でもPat Mastelottoの様々なエフェクト楽器が散りばめられる。
Jamie Muirの役割を担っているかのように思えた。
Gavinとハイハットを裏と表で交互に叩き16符フレーズをステレオに表現していた。
しかも2番と3番では裏表の担当が逆転している。
ううううむ凄い…!
ひと呼吸置いて、あのメロトロンサウンドがホールを支配した "Starless".
嗚呼、とうとう魔物が現れてしまった。
考えてみればほぼ全曲カウントから始まらず、刹那のレスポンスで曲が始まっている。
この集中力も恐ろしい…なんぞ考える隙すら与えない究極の時間。
Robertのリードフレーズは至高の逸品となり耳をえぐってくる。
深く広い夜空に雲が降り始めると、段々とステージが赤色へと変化していく。
空気が張り詰める。異常なまでの緊張感が高揚へと誘う。
…!?
照明がこれまで一切使われていなかったことに気付いた。
視覚でのエフェクトが楽曲を更に押し上げる。
深紅に染まったステージ。
曲が終わると7人が凛々しい表情で立ち振る舞っていた。
Tony Levinがカメラを持ったので周囲がいそいそとスマホを取り出す。
私はさっきまで見ていた白昼夢が交錯してそれどころではない。
完璧なセットリストではなかろうか。
もう、これ以上無いだろう。
それでも盛宴のアンコールにステージへ戻ってきたメンバー。
他にやる曲といったら…
…あのドラムフィル5発…
嗚咽した。
感動は超えると恐怖に近いものとなる。
目頭が紅潮し鼻が詰まった。
The Court of the Crimson Kingを演奏するなんて。
夢か。
今日何度と確認してきた作業だ。結論も出してきた。
ここから夢なのか。
サビのヴォーカルがオクターブ下を歌ったときようやく現実に還ってきた。
しかし紛れもなく、何度も何度も何度も何度も聞き続けたあの曲だ。
やはり夢だったのかもしれない。
妖艶な宮殿を見送ると、各々がパーカッションを叩き始めた。
Tony Levinはスティックを指に装着。
音源を聴いているかのようなフェードインでベースが入ってくる。
Talking Drumの反復フレーズが疲弊しきった身体を突き動かす。
するとだ。続く曲は1つしか残っていない。
Larks' Tongues in Aspic, Part Two...!!!
大サービスし過ぎだよ…。
因みにこのとき、既にクリムゾンキングの宮殿で完全に全て持っていかれて抜け殻状態。
リズムを楽しむのが精いっぱいでした…。
こうしてライヴは終了。
なんというか、終わってくれてホッとしたのも正直なところ。
照明も動きもなく、ドラムが前にそびえる配置。
Robert Frippはもはやドラムに隠れている。
これは音楽のみに集中させる演奏。
クラシックコンサートさながらの緊張感。
squarepusherが黒装束に白マスクでライヴをするのと同じか。
今日という日ほどラーメン一蘭の仕切りを渇望したことはなかった。
しかし実際にあったら集中し過ぎて死んでいたかもしれない笑。
楽曲の再現ではなくパフォーマンスとして完璧なライヴ。
どれほどのリハーサルが積み重ねられたのであろうか。
あるいは全て譜面とテクニックが乗り越えたのであろうか。
ではこれ程までに緻密な設計図・Disciplineを書いたものは?
やはりあの錬金術師だろうか。
そしてこの公演の最も「恐ろしい」ものはこの余韻である。
ライヴが終わり家に戻ってまずREDを聴き、
翌日起きてからずっとREDを聴き、
友人と飲みながらREDを聴き、
ここ最近物書きから遠退いていた私が仕事を後回しにして
今もこうしてREDを聴きながらキーボードをはたいている。
こどもの頃待ち侘びていたサンタクロースが
クリスマス当日にひょいと顔を出したかと思えば、
そこに姿は無く胸いっぱいに希望を膨らませて早くも来年へ思いを寄せる。
そんな、生易しいものではない!!
メンバーがステージに出てきた瞬間、全ての逸話が現実となって降りかかってきた。
そして終演後、深紅に染まったステージ上手側後ろに
威風凛然と姿勢よく起立していた「やつ」の笑顔が
記憶にこびり付き身体中の細胞があの日から抜け出そうとしない。
これは、呪いだ。
完全に宮殿の出口を見失ってしまった。
刻印は焼き付けられてしまった。
もし「今後KING CRIMSON以外の音楽と公演以外は世の中から消え去ってもよい」
という契約書が出てきたらサインをしてしまうかもと演奏中に考えがよぎった。
言うまでもなく、他があってのその素晴らしさが引き立つというものだが、
勢いでも一瞬そう考えさせてしまうこのバンドは驚異の存在と言えよう。
Walk On: Monk Morph Chamber Music
Peace - An End
21st Century Schizoid Man
Epitaph
Radical Action (To Unseat the Hold of Monkey Mind) I
Meltdown
Radical Action (To Unseat the Hold of Monkey Mind) II
Level Five
Hell Hounds of Krim
The ConstruKction of Light
One More Red Nightmare
Banshee Legs Bell Hassle
The Letters
Sailor's Tale
Easy Money
Starless
Encore:
The Court of the Crimson King
The Talking Drum
Larks' Tongues in Aspic, Part Two
今回のチケットは各日に違うデザインのピクチャーチケットとなっており、
8日のはJakkoのギターの精神異常者デザイン。
これを見て、ひょっとして初期の曲を多くやってくれるのではっと期待していたが、
まさかこれ程までのセットリストを用意してきてくれるとは…。
そしてやはり初期の曲になるとMel Collinsがひと際素晴らしかったと思う。
まだ追加公演も残っているというのは、「イヤな予感」しかしない…笑。
Robert Frippは1946年生まれの69歳。
今後とも活動して頂き、是非ともまたこの迷宮に踏み入れるチャンスを与えて頂きたいものだ。
終演後、集まった仲間たちとその余韻…いや、呪いを分かち合うのでした。